銀行員になった僕が初めてお金を貸した時の話
銀行の支店に配属してから半年が経った。
僕を含め、総合職として入行した新人銀行員は、支店から支社に移る時期を迎えた。
今回は、この支社についての話と、僕が銀行員として初めてお金を貸した時の話をしたいと思う。
1.支社に移った僕を待っていた、勉強勉強の日々
銀行によって、行内の組織図は少しずつ違うとは思うが、僕が勤めた銀行はざっくり分けると二つの組織に分かれる。
- 支店:主に個人顧客の担当(預金や振り込み、ローンや運用など)
- 支社:主に法人顧客の担当(会社への融資、決済や為替対応など)
支店で半年間勉強した僕ら総合職は、次のステップとして支社に移る事になっていた。
ほとんどの総合職は、別の支社に移ってもそのまま法人関係の職務に就き続ける事が多い。
(もちろん、個人顧客の担当がしたければ、支店への配属希望も出来る)
支社へと上がった僕を待っていたのは、まず支社の内部手続きの勉強だった。
大まかに分けると、支社の重要な内部手続きは、以下の二つである。
- 格付:融資先を1~10でランク付けする事で、企業からの決算書などを基に、様々な行程を経て格付が決まる。格付は、その企業への融資の条件などが決まる重要な指標で、1に近づくほど良い企業だ。
- 稟議:融資などの起案書を作って、行内で決裁を得る事で、『この会社が●●円必要としています。お金の使い道に問題は無く、会社自体もしっかりしているので、きちんと返ってくる見込みがある為、融資を検討したいです』と言うのが、稟議のざっくりとした内容だ。
この辺りは非常に奥が深く、最初はとにかく勉強、勉強の日々が続く。
銀行と言う組織は内部の手続きが非常に複雑であり、覚えなければいけないルールやマニュアルが山ほど存在する為、まずはそれらの知識を頭に叩き込む必要がある。
振り返ると、銀行員の1年目は、数多くの資格試験と、行内での勉強に追われる日々がひたすら続いていた。
年の終わり頃には、新人を対象とした一斉試験もあり、休みの日もひたすら寮にこもって勉強するように。
ラッキーなことに、僕はその一斉試験で700人中6位をとり、職場では表彰状を貰ったりとずいぶん褒めて貰えた。
銀行員にとって勉強はつくづく大事だと思った。
勉強勉強の日々を繰り返し、僕の銀行員1年目は気づいたら終わっていた。
2.僕が銀行員として初めてお金を貸した時の話
そして、社会人2年目となった春。
僕は晴れて、法人のお客さんを担当する事となった。
僕が担当させて貰えたのは、中小企業の会社いくつかだ。
中小と言っても、規模感はさまざまであり、大きいところでは売上数十億円にものぼる。
率直に言って、法人担当になった頃は楽しかった。
自分にとって、初めての営業であり、上司にいつもついて貰いながら、銀行員としての営業のイロハを学んだ。
慣れない地で車を乗り回し、高速にのって片道1時間以上かかるお客さんのところへ行ったりと、本当に沢山の経験をさせて貰いながら、僕は月1,000km近く車を運転していた。
(都内であれば、基本は電車移動などがメインで車は使わないが、僕のエリアは車が必須だった)
この頃になると、銀行として企業にお金を貸す流れが何となく分かるようになってくる。
倒産間近のピンチな会社を除き、普通の企業が融資を希望するケースはだいたい次のパターンに別れる。
- 工場などの新しい設備立てる為の、『設備資金』
- 業績が伸びた時に経営上必要となる、『運転資金』(これは考え方が少し難しいので、また改めて説明したい)
- 決算期の納税や賞与(ボーナス)の際に払うお金を用意する為の、『決算・賞与資金』
これらをお金の使い道と言う意味で、銀行用語では『資金使途』と呼ばれる。
もし貴方が知人などにお金を借りる時に、『●●に使うからお金貸して』と言うのが普通なように、この資金使途がきちんとしていないと、銀行はお金を貸してはくれない。
この資金使途に沿って、行内では上述した稟議を書くのだが、その際に重要になってくるのが、同じく紹介した格付である。
『この会社は格付が10段階中4と良いので、すぐに倒産する可能性は低く、お金はちゃんと返ってくるでしょう』
と言うイメージだ。
(この他にも、金利や貸出期間、担保などいろいろな条件を決めていく必要があるので、実際に融資をするにはかなりの手間がかかる)
さて、では自分が担当をさせて貰っていた企業は、すぐにお金を借りてくれたのか。
もちろん、そんな筈は無かった。
これは実際に営業をしながら感じ、また上司にも教わった事だったが、金をどんどん欲しがる企業と言うのはなかなか無い。
と言うのも、良い企業であればあるほど、経営が上手く行けば、そのぶん会社のなかにお金はどんどん貯まっていく。
すると資金に余裕が出てきて、わざわざ銀行から借りなくても、自前のお金で対応が出来てしまうのである。
ここに銀行員としてのジレンマが生まれる。
格付が良い企業にお金を貸したいのに、それらの企業は大抵、お金に余裕があるので銀行から借りてくれないジレンマである。
特に自分が担当していたような、都心から離れたエリアでは、どの会社も大きく動く事はほとんどない。
どの企業も節約体質であり、稼いだお金は社内にじゃぶじゃぶ余っている。
古くからの付き合いがどの会社もあり、その付き合いを大事しながら、毎年安定して利益を出していく。
大きなチャレンジに出る企業などめったに無い。
加えて、自分が担当していた頃の日本国内の景気がまだまだ上向きではなく、企業はどこも慎重な姿勢を見せていた。
低金利と言う追い風はあったものの、実際にお金を借りたいと言ってくる企業など、全くなかった。
なので、法人担当になってほどなく、僕は銀行の営業と言う仕事の難しさを知る事となった。
しかし、そんななかで、一本の電話が僕のもとにやってきた。
自分が担当している会社の部長さんからだった。
ちょっと話があるので、うちに来てもらえますでしょうか
僕は上司とすぐに飛んでいき、『お金を借りたい』と言う願ったり叶ったりの話を頂いた。
その会社は、ここしばらくはうちの銀行からの借り入れは無く、付き合いがほとんど無いに等しい企業だった。
なぜその会社がうちからお金を借りたいと言ってきたのか。
細かい事情はよく分からなかったが、今のうちにうちの銀行との付き合いをしておきたいと言う、『会社としての事情』だろうと上司からは言われた。
支社に戻った僕は、すぐに支社長(支社のトップ。一番偉い人で決裁の権限もある)に話を伝えた。
そしてとんとん拍子に、実際にこの融資の話を案件として取り組む事になり、非常に忙しい日々が続いた。
支社長は、僕の成長の為に、さまざまな質問をしてくれた。
「亮平君、なぜこの会社にお金を貸してもいいのかな?」
資金の使い道は。
金利の条件は。
他の銀行はいくらにしているのか。
担保はとれるのか。
僕は、この融資案件を通して融資までの実務をたくさん学ぶ事が出来た。
そして同時に、決裁の為の資料作りにも日夜取り組む事になった。
(とは言ってもほとんど分からなかったので、ほとんど上司に助けてもらったのだが)
沢山の書類との格闘。
銀行員としては充実した日々だったと思う。
そして、無事、行内の決裁が降り、正式に企業から調印の手続きをして頂く事となった。
調印の場になって、初めて、その会社の社長と対面をする。
創業何十年もの企業の、何代も続く社長だ。
自分の二倍以上もの年齢のその社長からは、なんとも言えないオーラを感じた。
僕は手が震えながら、調印して頂いた書類を受け取っていた。
春が過ぎ、汗ばむ季節となった頃。
僕は、銀行員として初めて、数千万円の融資を実行させた。
職場では、割れんばかりのお祝いの拍手を貰った。
銀行員になって良かったと思った、数少ない瞬間だった。
▼この記事は僕の銀行員時代の第三話です。続きは以下よりどうぞ(全六話)▼