【尊敬した人】銀行員の頃の、忘れられない上司の話

小林亮平

「決めたんですね。では、これからあなたを応援する立場に回ります。

我が子のように、いつも君を見ていました。

僕の生き方を反面教師にして、あなたは自分の生き方を選んでください」

僕には、忘れられない人がいる。

銀行員の時にお世話になった上司だ。

 

銀行員の知識を数え切れないほど教えてくれて、いつも自分を気にかけてくれていた。

 

あの人の前では、よく泣いていた。

彼を思い出すと、尊敬と哀愁の感情が、自分の中で混ざる。

 

もうしばらく会っていないが、今でもよく思い出す。

一緒に仕事をした日々、銀行員を楽しいと思えた瞬間、人生で初めての辛い経験…。

 

今日は、僕が銀行員の頃の、忘れられない上司の話をしようと思う。

 

 

その上司の事は、『A課長』と呼ぶ事にしよう。

 

A課長と出会ったのは、僕が入行した時の支店の職場だ。

40代くらい、小柄な白髪が混ざったその人は、正直、初めて見た時は良い印象は無かった。

 

彼はリストラ課の課長をしていて、部下の仕事に物凄く厳しい人に映ったからだ。

恐ろしく頭が切れる、賢い人だったが、仕事への熱はすさまじく、職場にも、彼の荒い語気がよく飛んでいた。

リストラ課とは?

経営が上手く行かず、業績が右肩下がりになってきている会社の担当をする課。

企業の業績回復、資金相談などのサポートを担う役割だ。

僕は会社に入ってしばらく経ち、その人の下で働く事になった。

それまでは何度か話した事はあったが、率直に言ってお互いに良い印象は持っていなかったと思う。

 

他の部下と同じように、僕にも厳しい当たりをしょっちゅうしてきた。

僕も黙っていられず、不満な態度を出して、よく課長とはケンカをした。

隣の席同士で、やりあっていたのを今でもよく覚えている。

 

そんなバトルの日々が続いた時。

ふと、課長の優しさがかいま見えた瞬間があった。

[speech_bubble type=”fb” subtype=”L1″ icon=”akusyu_man_ojisan (1).png” name=”A課長”]亮平君、今度、人事面談があるやろ。模擬でやってあげるから、日にちセッティングしなさい[/speech_bubble]

人事面談とは?

銀行員にとっては、何より大切な面談だ。

その面談次第で、次にどんな店に転勤するか、そして出世していくかにも関わっていく。

(メガバンク銀行員は2-3年に一度転勤する、非常に慌ただしい生き物だ)

課長は、とても丁寧に、僕に面談のイロハを教えてくれた。

[speech_bubble type=”fb” subtype=”L1″ icon=”akusyu_man_ojisan (1).png” name=”A課長”]ええか、君の年代の面談では、こういう質問が来る。今まで、どんな融資案件をやったか。そこでの困難、それをどう乗り換え、どう金を貸す事ができたか…などや[/speech_bubble]

 

実際の面談では、驚く事に、課長が教えてくれた質問がほとんどそのまま来た。

A課長は、ただ聡明なだけでなく、銀行の内部事情にも非常に精通している人だった。

 

一つ、忘れられないエピソードがある。

ちょうど、面談の前日の夜に、課長から僕に電話が来ていた。

 

僕はすでに寝ていたので電話に出れなかったが、

面談を終えた事を課長に報告し、電話に出れなかった旨を謝罪すると、

[speech_bubble type=”fb” subtype=”L1″ icon=”akusyu_man_ojisan (1).png” name=”A課長”]ああ、ええんや。人事面談の前で緊張してるかなと思ったからな。その顔やと上手くいったんやろ?なら良かったわ[/speech_bubble]

 

正直、その時に初めて泣きそうになったと思う。

課長は、いつも部下には厳しさを求めたが、その分、自分を見守っていてくれている事を知ったのだ。

 

僕のA課長を見る目は、大きく変わっていた。

この人のために、もっと仕事を頑張りたい。

 

僕は、みずから進んで仕事に取り組むようになった。

課長も、僕の変化を感じ取ってくれたのか、どんどん新たな知識を教えてくれる。

[speech_bubble type=”fb” subtype=”L1″ icon=”akusyu_man_ojisan (1).png” name=”A課長”]ええか亮平君、バランスシートっていうのは下から見るんや。資本が何の資産を支えているのか。負債はどうか…と言った風にな[/speech_bubble] [speech_bubble type=”fb” subtype=”L1″ icon=”akusyu_man_ojisan (1).png” name=”A課長”]仕事の質っていうのは段取りで決まるんや。見切り発車はあかんぞ[/speech_bubble]

 

僕の銀行員としての成功のために、こんなアドバイスをしてくれた事もあった。

[speech_bubble type=”fb” subtype=”L1″ icon=”akusyu_man_ojisan (1).png” name=”A課長”]お前は感受性が強いからな。銀行員として成功したいなら、このさき気をつけろよ。ウチの銀行は、上司の顔色を伺って仕事をする奴ばかりや[/speech_bubble] [speech_bubble type=”fb” subtype=”R1″ icon=”j11122233344444.jpg” name=”僕”]分かりました。ありがとうございます [/speech_bubble]

僕は上司の教えの下、仕事に邁進する日々を送った。

今思えば、銀行員時代を楽しいと感じた、唯一の瞬間だったかもしれない…。

 

課長と一緒に働ける日々は、もう長くは残っていなかった。

ある事件が起きてしまったのだ。

 

ささいな事から、僕は当時の支店長、すなわち職場のトップの反感を買ってしまった。

その影響で、僕も課長も、職場で干される事になってしまったのだ。

 

銀行は、昔ながらの封建社会の体質が残っている。

すなわち、『トップの言う事こそ絶対』の世界だ。

 

間違いなく職場では、トップは王様だった。

職場の誰もが、王様の『右向け右』に従う。

無理難題を押し付けてくるから、神様ではなく王様だったのだ。

 

僕らに向けられるトップの目は日に日に厳しくなり、僕のせいで怒られている課長の姿を見るのは、本当に胸が痛かった。

そんな日々が続き、僕はある時、精神を崩してしまった。

 

朝起きても、体が動かなくなり、職場の椅子に座るだけで胸が締め付けられるように苦しくなる。

そんな経験は、人生で初めてだった。

 

自分がうつ病に近い症状を発するなど、考えもしなかった。

ついに我慢できなくなり、僕はA課長に相談をした。

[speech_bubble type=”fb” subtype=”R1″ icon=”j11122233344444.jpg” name=”僕”]課長、すみません。もう限界です。…会社を辞めようと思います[/speech_bubble]

これ以上は無理だと、率直な思いを伝えた。

あの時も、僕は泣いていたと思う。

 

すると課長は、こんな言葉を僕にくれた。

[speech_bubble type=”fb” subtype=”L1″ icon=”akusyu_man_ojisan (1).png” name=”A課長”] 亮平君、今ここで辞めるのは惜しいよ。転勤して、他の職場を見てからにしなさい。

 

僕ら銀行員は3年に一回は転勤する。

今の職場は大変かもしれないが、次に行く場所がそうとは限らないさ。

君はまだ一つの職場しか見てないんだから、次を見てからでも遅くは無いだろう?

[/speech_bubble] [speech_bubble type=”fb” subtype=”R1″ icon=”j11122233344444.jpg” name=”僕”]そう…ですね…[/speech_bubble] [speech_bubble type=”fb” subtype=”L1″ icon=”akusyu_man_ojisan (1).png” name=”A課長”]大丈夫。君はこんなところで終わる人じゃないさ[/speech_bubble]

その言葉を頼りに、僕は転勤の辞令が出るまで耐え忍び、ふたたび仕事に励む事にした。

課長の言葉を信じて、もう少しだけ、もう少しだけ頑張るんだと、自分に言い聞かせた。

 

そして幸いな事に、その相談の3か月後には、転勤の辞令が出たのだ。

僕は、辞令を聞いた瞬間、喜びが隠せなかった。

ついにこの日々が終わるのかと、にわかには信じられなかったからだ。

 

さらに幸運は続いた。

 

僕は課長と一緒に、東京の本部へ転勤する事になった。

部署は違ったので、一緒に働ける事は無くなったが、それでも僕は嬉しかった。

また近くに課長がいてくれる事が、嬉しかったのだ。

 

東京に戻ってからも、課長とはしばしば会っていた。

ある夜、課長から、酒の席でこんな話を聞いた。

[speech_bubble type=”fb” subtype=”L1″ icon=”akusyu_man_ojisan (1).png” name=”A課長”]僕も、銀行員を辞めようかなと思った時は何度もあるさ。

でも、僕にはそれが出来なかった。

他にしたい事も無いし、家族もいたからね。

 

僕にはもう、仕事しかないんだよ。

銀行員としての仕事が無くなったら、何をしていいか分からない。

定年まで残りわずかだけど、僕はここにしがみつく事にするよ…

[/speech_bubble]

 

その言葉が忘れられなかった。

初めて聞いた、課長の心からの本音。

あの人もきっと―――。

新しい職場で1年あまりを過ごした僕は、課長に連絡をしようとしていた。

結論から言うと、新しい職場でも以前と同じような光景を見てしまっていたのだ。

 

そして僕は前の職場と同じように、うつ病に似た症状を発症してしまった。

眠れない夜が続く日々、朝起きて動かない体…。

 

もうこの会社は、僕には合っていない。

銀行員は、僕には向いていないのだと、僕は自分の中で答えを出そうとしていた。

 

ただ、色々な人に退職を相談した時は、「辛くなって退職を選ぶってさ、それってただ逃げてるだけじゃないの?」と言われる事もあった。

その上で、課長と飲みに行った時に相談もしたが、その時に課長からはこんな言葉を言われた。

[speech_bubble type=”fb” subtype=”L1″ icon=”akusyu_man_ojisan (1).png” name=”A課長”]そうか、この会社で働くのがやはり辛いんだね。

なら、逃げたって良い。良いさ。

仕事が辛いなら、逃げたって構わない。自分が無くなる前に[/speech_bubble]

 

僕はこの言葉を、死ぬまで忘れないと思う。

それくらい、噛みしめて心に刻んだ言葉だった。

 

翌日、最後に会社のメールで、課長にメッセージを送った。

 

会社を辞める事を決めた事。

まだこれから何をしていくか分からないが、好きな事を仕事にしたいと思っている事。

課長には、銀行員として沢山の事を教わり、本当に感謝をしている事。

一緒に仕事ができた事、充実していた日々…。

 

返事は、間もなく返ってきた。

 

「決めたんですね。では、これからあなたを応援する立場に回ります。

我が子のように、いつも君を見ていました。

僕の生き方を反面教師にして、あなたは自分の生き方を選んでください」

 

あの人は、きっと僕に投影をしていたんだと思う。

 

自分の生き方を選べなかった事への後悔。

反面教師という言葉。

 

 

僕は課長への、言葉にできないほどへの感謝を胸に、銀行を退職し、独立という道を選んだ。

 

 

あれから、1年が経った。

課長の連絡先は、今となっては手元に残っていない。

 

 

多分もう会う事はないのかという思いが、頭をよぎった。

ダメ元でFacebookで検索をしてみた。

すると、課長を見つけた。

 

僕は、少し迷った後、メッセージを送った。

 

 

「課長、ご無沙汰しています。

銀行で部下だった、亮平です。

会社を辞めて一年ちょっとが経ちましたが、何とか元気にやれています。

勝手ながらこちらからご連絡させて頂きました。

もし宜しければ、またお会いしてお話が出来ればと思いますので、どうぞ宜しくお願い致します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ返事は来ない。

 

僕の銀行員時代の実話は、以下よりどうぞ

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ABOUT ME
小林亮平
小林亮平
資産運用YouTuber
1989年生まれ。三菱UFJ銀行に勤務後、超初心者向けにつみたてNISAやiDeCo、楽天経済圏、ふるさと納税の入門知識を発信してます。
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